全国グアム島戦友会


 


グアム・テニヤン合同墓碑 墓参報告

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平成18年4月2日の第39総会の、翌3日は、グアム・テニヤン合同墓碑の墓参が行われ、芝崎久也顧問から当時のいきさつなどについて説明がありました。

芝崎写真 ここに埋葬されている人達の遺骨を収集しグアム・テニヤンから持ち帰ったものは、もう私一人になってしまった。
米軍の許可を得て番兵同伴の元、数回に渉りご遺骨を収集しました。膨大な量を収容所にて荼毘に付し、減量の上、1200柱のお骨を持ち帰りました。
路傍に頭蓋骨が整然と並べられてあるところがあり、訝る私たちに、踏みつけたり失礼なことの無い様に配慮してのことでした。
作業は終始粛然と和やかに行われ、無事終わることが出来ました。

墓参
ご住職 浅野鐘覚様

墓参
墓参の人々
墓参
阿龍山瑞専寺


グアム・テニヤン合同慰霊 墓碑・墓暦
  • 昭和19年7月21日
    米軍グアム島に上陸開始。
  • 昭和19年8月10日
    グアム島守備日本軍の組織的戦闘終る。
  • 昭和20年11月
    グアム島守備日本軍 生存者有志による遺骨収集1,200体を収集する。
  • 昭和21年11月
    遺骨を奉持して復員 浦賀に上陸。
  • 昭和22年3月
    当時は国に遺骨を納める施設もなく 名古屋市千種区北山共同墓地に埋葬 建碑 テニヤン島の遺骨も合祀。
  • 平成8年2月19日
    東京・千鳥ヶ渕戦没者墓苑に合祀すべく墓地を掘開 採骨し厚生省に手渡す。
  • 平成13年5月14日
    墓地を整備して後世に遺す。
  • 平成14年11月24日
    墓碑を再移転 精入式を施行。

グアム・テニヤン戦没者合同慰霊墓碑 由来について

 第二次世界大戦終結後、昭和20年10月末 グアム捕虜収容所の準士官以上が 米軍の許可を得て 中部太平洋マリアナ海域、グアム・テニヤン島激戦地の玉砕将兵の遺体1200柱を収容し、氏名不詳のまま荼毘に付し 昭和22年復員時、第29師団作戦参謀 故武田英之氏一行が奉持 帰還 復員した。
当時 日本政府には受け入れ態勢が無く 取り敢えず第29師団が名古屋編成で東海三県の将兵が多く、丁度名古屋に墓地を持つ司令部つきの故長谷川 清氏と阿龍山瑞専寺のご協力を得て 昭和23年3月28日、此処北山共同墓地に埋葬し、この墓碑を建立しました。
以来半世紀の間 お参りする人も少なく手入れも不十分でした、祖国日本の礎となり散華された戦友達の英霊をこの儘で良いものかとの声が戦友会遺族会から沸き起り、政府厚生省に請願し、因縁の南満州から隠密裏に南方戦線に出発した年号は変わって居りますが月日は同じ平成8年2月19日、盛大に国立千鳥ヶ渕墓苑に改葬致しました。
改葬したとは言え半世紀に渉り1200柱の英霊を護持して頂いた墓石をこの儘廃棄して良いものでしょうか、戦友ご遺族達とも相談の結果、阿龍山瑞専寺にお願いして残骨と共に出来るだけ永く現在の儘にして英霊の顕彰を続けて行きたいと思います。

平成13年5月14日

全国グアム島戦友会
303
千山会

 


 

1970年慰霊碑日米合同起工式

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グアム平和慰霊公苑 Guam Peace Memorial Park

慰霊碑日米合同起工式

財団法人南太平洋戦没者慰霊協会・米国キリスト教団
昭和42年(1967年) 1月

  ★☆ 日本側主賓 ☆★  

 

代表者 国会議員 総務長官 植 木 光 教 氏
  グアム島戦友会 慰霊団長 国会議員 中 尾 栄 一 氏
  全国グアム島戦友会 会長 吉 田 重 紀 氏
  南太平洋戦没者 遺族代表 小 畑 か な 氏
(南方面軍総司令官 小畑中将令夫人)

 

  植木総務長官
植木総務長官
 
慰霊碑の鉄骨
慰霊碑の鉄骨
  日本僧侶と重機による作業風景
日本僧侶と重機による作業風景
  米国キリスト教団
米国キリスト教団
 
来賓挨拶
来賓挨拶
  日米宗教者と慰霊団
日米宗教者と慰霊団
  慰霊の碑
慰霊の碑
 

 


 

1982年ジーゴ平和寺 落成式

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Catholic, Buddhists dedicate chapel; Sept.3rd., 1982

 


 

戦友会副会長 加納俊雄氏写真集

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昭和45年(1970年)2月8日 グアム島戦友会 熱海グランドホテル

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昭和46年(1971年)2月7日 戦友会 ホテルニュー静岡

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昭和48年(1973年)2月3日 戦友会 ホテル さがみや

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昭和53年(1978年) Fort Sauta Agneda

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山梨県 グアム島戦友会

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昭和55年(1980年)11月14日 グアム島戦没者 慰霊団 慰霊塔前 (又木山・ジゴ)

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全国グアム島戦友会吉田会長
「悲しみの追悼の辞」
参列者の涙をそそる

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昭和55年(1980年)11月14日
全国グアム島戦友会主催合同慰霊祭
叉木山に読経が静かに密林に消えて行く

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昭和57年(1982年)10月22日 グアム島戦没者慰霊団 慰霊塔前全員記念写真(叉木山・ジゴ)
昭和58年(1983年)2月2日 静岡新聞
平和寺 初代主任 住職を報ずる

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昭和59年(1984)9月22日 グアム島戦没者慰霊団全員写真 (叉木山・ジゴ)
(昭和61年名簿収録の写真)

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昭和60年(1985年)2月2日 第18回全国グアム島戦友会 箱根湯本・吉池
(昭和61年名簿収録の写真)

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昭和61年(1986年) 第19回全国グアム島戦友会 有馬 ロイヤルホテル

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アンダーソン基地
ここには、一般人は入れないのですが、特別に日本の「戦友会」だということで、入れたのです。
このB52爆撃機はベトナム戦最後の爆撃に行ったので基地に残したのだそうです。

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アガニヤ
見晴台と私

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グアム島の水源地フェンナ
山下様が特別に許されて入ることが出来ました

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昭和61年(1986年) グアム島戦没者慰霊団

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昭和62年(1987年) 第20回全国グアム島戦友会 秋保温泉

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昭和63年(1988年)4月2日 第21回全国グアム島戦友会 熱海 富士屋ホテル

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昭和64年(1989年)4月1日 第22回全国グアム島戦友会 琴平

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平成3年(1991年)4月6日 第24回全国グアム島戦友会 浜名湖 弁天島ホテル

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平成4年(1992年)4月5日 第25回全国グアム島戦友会 石和温泉 常盤ホテル

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平成5年(1993年)4月4日 第26回全国グアム島戦友会 三笠温泉 奈良ホテル

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平成7年(1995年)4月2日 第28回全国グアム島戦友会 松風閣

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平成9年(1997年)4月6日 第30回全国グアム島戦友会 成田市 扇屋旅館

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平成11年(1999年)4月4日 第32回全国グアム島戦友会 信州松代 ロイヤルホテル

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平成12年(2000年)4月7日 第33回全国グアム島戦友会 九段会館

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平成13年(2001年)5月13日 第34回全国グアム島戦友会 三谷温泉 松風園

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平成14年(2002年)4月7日 第35回全国グアム島戦友会 九段会館

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平成14年(2002年)10月 ジーゴ
全国グアム島戦友会グアム慰霊巡拝の旅

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メダルの授与
全米歴史公園太平洋戦争記念博物館

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バスの中で、説明する加納副会長

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表彰された9名の方々
このメダルは、米軍の戦争60年の記念に造ったメダルで、
戦った日本軍と言うことで、同行の9名のものが貰ったわけです。

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平成15年(2003年)4月6日 第36回全国グアム島戦友会 九段会館

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平成16年(2004年)4月4日 第37回全国グアム島戦友会 安芸能美簡保保養センター

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平成17年(2005年)4月3日 第38回全国グアム島戦友会 九段会館
平成17年(2005年)1月15日
石和温泉アルバム撮影会

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会員・加納俊雄氏 提供

  • 陸軍 伍長 加納 俊雄 大正十年一月十日 生。
  • 昭和17年(1942年)1月10日 歩兵代149連隊に入営。
    同4月満州黒河省?琿県 神武屯 、歩兵大9連隊に編入。
  • 昭和19年(1944年)2月25日、転用派遣のため北安出発、
    3月3日釜山出発、門司、横浜寄港、3月12日東京港出帆。
  • 3月19日サイパン、3月20日グアム島上陸、独立混成大10連隊に編入。
  • 9月20日グアム島高原山陣地において、左耳負傷。
  • 10月26日 グアム島高原山南10キロ地点に於いて右大腿部貫通銃創を受く。
  • 11月グアム島米軍の「日本軍捕虜収容所」に収容。
  • 昭和20年(1945年)10月20日グアム島出帆、
    10月24日神奈川県浦賀港上陸。復員。

第39回 総会報告

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平成18年4月2日
KKR 名古屋ホテルにて開催

A 平成17年度 主要事業

 天皇陛下のサイパン慰霊訪島を始め、各種行事が平成17年は戦後60年の節目の年ということで行われました。 我が全国グアム島戦友会は、一昨平成16年が、グアム島玉砕60周年に当たり、グアム島慰霊巡拝の旅を実施しておりまして、 平成17年度は、国内行事を中心に、第38総会(九段会館)と、恒例の会員名簿作成、千鳥ヶ渕合同慰霊祭参加等を実施いたしました。

 

(1)終戦60周年記念 合同慰霊祭

 財団法人大東亜戦争 全戦没者慰霊団体 協議会 主催による合同慰霊祭が8月10日靖国神社において、 三笠宮殿下を名誉総裁として、お迎えし、約300名が参加して行われました。 当会には、3名の割り当てがありましたので、副会長、2名と、私小幡が、出席(会費は、自己負担)、靖国神社に昇殿参拝をした後、 靖国会館2階において直会(なおらい)を行い、今後全戦没者の慰霊顕彰を永続することを決議しました。

(2) 御製碑除幕式への参加

 平成17年宮中「歌会始の儀」において、今上陛下の御製があり千鳥ヶ渕墓苑に下賜されました。

御製歌

 常陸宮妃殿下の揮毫により、この御製碑が墓苑に完成、9月27日、常陸宮同妃両殿下ご臨席により、 除幕式が挙行され、既報の通り、当 全国グアム島戦友会は、 千鳥ヶ渕戦没者墓苑奉仕会 瀬島龍三会長からの招待を受け、 全国の諸戦友会を代表し小幡が、 当会員の内藤寿美子氏が遺族を代表し、奉仕会副会長と共に、除幕いたしました。

序幕 このことは会報「千鳥ヶ渕」456号並びに、 総会案内、写真等参考資料を会員各位にはお送り申し上げました通りですが、誠にありがたく、全国グアム島戦友会としまして、先ず持ってかの地に眠る戦友の慰霊に報告いたしたいところであります。
これはひとえに、長年に渡り、グアム島戦没者 慰霊のための誠を捧げてまいられました当会 会員各位の誠意とご努力が、 評価され関係者のお心に届いたものと思われます。このことは必ずやグアム島現地にもお伝えし、感謝したいものと思います。

御製碑(3)千鳥ヶ渕戦没者墓苑

 秋季慰霊祭参加 寛仁親王殿下のご臨席を仰ぎ、10月18日、内閣総理大臣(代理)をはじめ、多数のご来賓の参列の下、第46周年の秋季慰霊祭は、秋雨降りしきる中、厳粛、盛大に行われました。 当会からは、15名が参列し、一般焼香を行いました。

B 平成18年度 事業予定

 

(1)グアム島 慰霊巡拝の旅

 今年度は、恒例の「慰霊巡拝の旅」を実施する年であります。 グアム島訪問の時期は、従来どおり、10月を予定いたしますが、ツアー料金等も勘案し、出来るだけ早く概要を決め、 6月に第一報、8月には最終のご案内を差し上げたいと思います。

参加者全員のご協力により、実のある慰霊巡拝を成功させたく思います。 各位のアイデア、ご要望等、どしどしお寄せいただきたいものと思います。

 

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